特別じゃない折原臨也の存在疑惑

 

 

 臨也さんはまるで何も知らない子供の様にまた一人、人間の感情の底床をぶち抜いて微笑んでいる。凶悪でもなく、優越でもなく、クラスメイトの結婚式でも眺めているような目だ。底を抜かれた当人は、指一つ動かせない茫然自失の状態であり、今から暫くの間は物理的に何の進展も見られないことは予測が付くが、この一本線な状況すら、彼にとっては浸るべき人愛の時なのだろう。全くもって反吐がでる、死ねばいいのにこんな屑野郎。感動で涙が出そうな程私は今辟易している。

 それでも私は深夜1時も回った時間に鳴り響いた彼からの電話に出たし、寝間着からきちんとした外服へ着替えてお誘い通りの場所へ行き、彼に言われた通りの行動を取り、言うなれば彼に協力したと取られても反論出来ない言動をしたのだ。それはすべて過不足無く完璧な彼の為の行為であり、私の中にある彼への尊敬の感情がなし得たことである。そうなのだ。私は彼を尊敬している。何偽り無く。心の底から。

 何が由縁でその尊敬心が私に植え付いたのかを私は覚えていないが、ほじくり返した所で何も出てはこないだろう。それさえきっと、彼が構築したシチュエーション、システム、プロセスに導かれた結果なのだから、私がそれを認知する必要は無い。彼がそう仕組んだのなら、それはすべからく正しいのだ。だって彼は折原臨也なのだから。彼は完璧であると私は思っているし、実際にそうではなかったとしても、私がそう思っているのなら問題は無い。私が私の自我を脱せないことは、今までの人生で分かっていることだし、いつだったか彼もそう言っていた。それで十分である。

 彼は揺るぎなく完璧であるのだ。容姿も能力も才能も、一般と言われる人間のそれとは上回るものがある。私は確かにそう思っているのだが、なんだろう。最近酷く感じるこの人間臭は。それもチープで、私の理想の彼とは違う決して神がかっていない人間の、匂い。あの美しくて残忍な彼の身体の中身は、狂気的に輝いた折原臨也という宝石が入っていると以前は思っていたのに、どうしてか今はそうは思えない。大きな裁ち鋏で彼の背中をざくざくと切ったら、ただの23歳の男が出てくる気がしてしまうのだ。ああ、ああ何故こうなってしまったのだろうか。私の思考をこんなにも醜悪に導いたのは何なのか。ああ何故だ。何が悪いのだ。私が悪いのか彼が悪いのか、はたまたどこぞの第三者が悪いのか。

 ただ一つ言えるのは、彼は恋愛はしないと、そう私が間違っていたということだ。

 

 

 

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僕は臨也は人生一回目の人間だと思ってて、

一回目だから見るもの全部面白いし興味があるし試してみたくてって、

ただそういう人に見えるからあんまり嫌悪感とか無いんだけど、

一つだけ嫌いなのは平均以下な部分が無い所ですかね。

これだけは能力的に低いってとこがあったら、可愛かったんだろうけど。

そんなこと思いながら、恋愛能力平均以下な折原と臨也教信者の話。