デッサン初回

 

 昔からそういうモノはよく見るもんで、慣れてない訳ではないのだが、慣れることと平気だということはイコールではないのだ。小学三年のある日、担任の吉澤先生の背中に赤い服をびしょ濡れにした女性が負ぶさっているのを見た時は、1秒かからず気絶したものだ。隣の竹中さんちの花壇からにょろりと生えた青白い腕を見て気絶したのもついこないだのこと。上げ始めたらキリがないし、誰に相談しようにも分かち合える経験者が乏しいこの体質で十七年生きてきましたが、何年経とうがこの苦手意識は変わらない。だからつまり、俺はそういうのが見えていて、そういうのが大層苦手である。

 だから今目の前の椅子に座って画材を準備している長田さんの背中にいつもいる、頭から血を流しながら突っ立っている少年を見て、筆箱の中身を床にぶちまけてしまったとしても仕方ない。いつもなら彼(もちろん血まみれの少年)のこともあり長田さんには関わるどころか近づくことすらしないが、今は週に一度の美術の授業だ。美術の担当教師のアバウト極まりない席決めによって、つい十分前に長田さんと席が隣になった俺は、学期末である七月までの視界的な平和を断たれるに至った。そしてこの長峰高校二年C組の特に記念すべきでもない第一回美術授業は、よりにもよっての、

 

「……………デッ……サン…」

 

デッサンである。

 

「がんばれよ、優介」

「だいじょーぶだって、今まで取り憑かれた事ないんだろ?元気だせほら」

「がんばれねえよ晃一。代わってくれよ、たつみ」

 

 恨めしい俺の目線を受け流しつつ、ひらひらと手を振って自分のデッサン相手に向かう二人を見送って、深く細い溜め息を吐く。俺の心霊体質を知ってる二人は、俺が長田さんに関わらないようにしているのを知っている。今後3回に渡り行われるこのデッサンで、長田さんと向かい合ってデッサン、という状況に至った俺を慰めに来たのだろう。いいやつらだ。いいやつらだが、ちくしょうこのやろう涙が出る。

 初回の今日は席決めに使った時間の残りをデッサンの時間に取ってある。つまりあと三十分、俺は長田さんと向かいっこしなけりゃならない。三十分。三十分か…。

 

「藤原くん」

「っあい!?」

 

 唐突に呼ばれた自分の名字に完全に上擦った返答が出た。反射で向けた視線の先には、無表情に近い顔でこちらを見ている長田さん。……と。

 

「大丈夫?顔色悪いけど」

 

 その後ろから同じくこちらを見ている半月笑みの、血まみれ少年。

 

 ……………おえっ。

 

 視界が回って爆ぜたのを最後に、俺は後ろにぶっ倒れた。

 

 

 

『先生、藤原がまた倒れましたー!』