コートに立てなくなってどれだけ経つのかを未だによく考える。思考の船は白く濁った記憶の海を渡り終える前にずぶずぶと沈んでいく。眠りに落ちる前はいつもこうだ。そしてこのまま、あの夢をみる。まるで意識だけ異世界に飛ぶような、現実味の無い夢を。

一切の色彩を感じない部屋には、大きなガラスの嵌められた壁がある。部屋を真っ二つに断裁するように設えられたそれは、部屋に意味を持たせる。窓も扉もないその部屋には、ガラスを挟んで置かれた椅子が二つ。

今日もまたこの白い面会室で俺は、俺と会話をする。

 

 

「検査はどうだった?」

薄く微笑みを浮かべて、ガラスの向こうから俺が問いかける。まずまずかな、とこちらも薄く微笑んで答えると、まるで鏡を見ているようだ。ガラスの向こうの俺は、目の色も、髪の長さも、来ている入院服すら同じで、文字通り“俺”だ。首一つ傾げる所作を取っても、俺であるとしか言いようがない。そして俺は未だに、向こうの俺を何と呼ぶか決めかねている。

「善くもなく、悪くもなくってとこかな。まぁ、入院してる時点で善くはないんだろうけどね」

「まあね。でも悪化してないだけでも恵まれてると思わないと」

「そうかもね」

そういって向こうの俺はまた少し笑う。それを見てふと、自分はいつもこんな顔で笑っていたんだろうかと思い巡らした。学校で、家で、テニスコートで、自分はどんな顔をしていたのだろうか。考えても、思いつかない。たった数ヶ月前の自分の顔がわからないなんて、おかしな話だと思う。だって真田や蓮二は勿論、ガムを破裂させた丸井の顔だって一瞬で思い出せるのだ。自分に無神経だったのだろうかと思う程に、何も頭に浮かばない。

「何を考えてるの」

ふいに問いかけられ意識を目の前に戻した。