亡き祖母が好きで集めていた着物の中に、酷く綺麗な十二単を見つけた。驚いたのは、その十二単が子供用の丈であったこと。そして俺宛の手紙が添えられていたこと。

 手紙の中で祖母は持っていた着物を全て俺へ譲ることを述べ、自分亡き後の俺の幸せを願っていた。宗一郎が一番物を観る眼があるわねと、生前よく言っていた祖母は、自分の宝を俺に託してくれたのだろう。

 十二単の一衣を手に取る。すべらかでズシリと思い。丹精に織り込まれた上物だろう。古い桐箪笥の匂いが移る程には時代のあるものだ。

「・・・・・これ要ちゃんに似合うかな」

呟いた途端、当人に背中を蹴り上げられてしまった。

 

 

 

「着ないぞ」

 そんな事を言わないで、ね?と何十回目かの応答を俺は繰り返した。

 この十二単の丈は本当に要ちゃんにぴったりだし、鮮やかな緋色の上掛けは彼女の黒髪をさぞ映えさせることだろう。髪飾りは見当たらなかったが、おかっぱの彼女にはそう問題は無いし、なにより。

「今日は雛祭りだよ?」

「いやだ!」

 黒目がちな猫目を吊り上げて、要ちゃんはびしっと言い放つ。9才児がとんだ怒り様だ。しかし、激情とは違う赤みに染まった要ちゃんの顔を見ると、おやおやどうやら恥ずかしいらしい。

「そんなに嫌ですか?」

「いやだ!」

「どうしても?」

「いやだ!」

「だめです」

きっぱり言い切る俺の一言に、要ちゃんが大声を上げて慌てた。顔を余計に真っ赤にさせて、着ない着ない!と喚き立てる。そんなに嫌なのかと寂しくなりながらも、意見を変えるつもりのない俺は十二単を両手に抱えた。そのまま祖母の部屋を出て、庭に面した広い居間へ。先日張り替えた畳の匂いに、桐箪笥の古い香が混じった。

祖母が生きていた頃は、よく家がこの匂いになった。祖母亡き後家を任された俺の両親は、和室の掃除も碌にせず畳を痛めてしまっていたし。畳に掃除機をがーがーとかけていた母を思い返して、苦笑がもれた。あの時、目にそって箒をかけてと言えなかった自分がいる。両親に対する遠慮か、祖母を庇う故の白い目を避けたのか。今では祖母も両親もいないので、心苦しくなる必要はもうないが。

「宗一郎?」

ふと物思いに沈んでいた思考を、心配そうな声が掬った。右ひじの横から伺うように覗き込んでくる要ちゃんに、何でもないよと返す。安心した要ちゃんの顔を見届けてから、十二単と共に腰を下ろした。ゆっくりと畳に寝かされた一式を見渡し、着付けの順番を頭で並べる。よし、いける。

「さて要ちゃん」

くるっと振り向き、背後から様子を見ていた要ちゃんを呼ぶ。それだけでこれから起こる着せ替えを鋭く察知した要ちゃんは、1秒かからず目を吊り上げた。

「嫌だぞ!」

即答する要ちゃんの襟首を向かい合ったままでつまみ上げる。

黙って微笑む俺と眉を垂れる要ちゃん。

俺は襦袢を手に取った。

 

 

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「お、お、重い」

「我慢して、もうすぐ甘酒できるから」